酒造り技術集団 「山内杜氏」

 昔の酒造りの中心は一家の主婦でありました。
今では、酒税法により自分の家で”お酒”を造ることは禁止されていますが、昔は俗に言う「どぶろく」という程度のお酒を”おかあちゃん”たちが、それこそ「つけもの」を漬けると同じくらいの感覚で造っていたのでしょう。
そして、そのおかあちゃんたちを「刀自(とじ)」と呼び、それが転じて、「杜氏(とうじ)」と呼ばれるようになったというのが一般的な説だとされています。

現代の酒造りは、この「杜氏(とうじ)」と呼ばれる人を頂点とした「蔵人」と呼ばれる技術集団によって進められています。
「酒の秋田」と呼ばれるだけあって、秋田県では数多くの「現代の名工」を生み、酒造りの技術を高めるため杜氏組合が独自に「杜氏試験」を実施している山内村の「山内杜氏(さんないとうじ)」がその代表格になっています。

全国的には新潟県の「越後杜氏」、お隣、岩手県の「南部杜氏」などが有名ですが、我が秋田の「山内杜氏」はちょっと発生形態が変わっています。
越後、南部杜氏の場合、地場産業として古くから酒造業が発達し、酒造技術がある程度育成され、それを基に酒造出稼ぎの土地柄として発達しています。
しかし、山内杜氏が生まれた山内村には、藩政時代はもちろん、現在も地場産業として酒造業が起こったという記録はなく、まったく酒造業をともなわない「酒屋若衆」の純粋な「出稼ぎ労働」から生まれたようです。
ですから、ここまで来るには、他県の杜氏とは異なる大変な苦労があったものと想像されますね。

さて、酒造りの蔵人には杜氏から助手までの階層があり、見事に「酒造り」のために機能するように組織化されています。
その頂点に立つ「杜氏」になるためには十数年かかるんだそうです。
杜氏の名称を得るまでには、どんなつらい仕事や生活を強いられても堪え忍ばなければならない。
ですから、「酒業界」の中では、「杜氏」は尊敬と信頼の象徴とされますてますから、 わたしなどは蔵に行ってお会いすることができると緊張してしまうわけです。(^^;;;
ですが、わたしがお会いした杜氏さんは、みんな気さくで人の良い”おじいちゃん”て感じの人が多いです。
それだけ、苦労してきた人だけが持つ不思議なオーラみたいな雰囲気をみんな持っているんですね。

さて、この杜氏は当然ながら醸造の「最高責任者」です。
酒造家(蔵元の社長)と「蔵人」との関係の調和をはかる重要な責任を持っています。
「頭」は副杜氏格で、杜氏の補佐役として指導監督が役目であり、「麹師」は製麹の責任者、「もと師」は製造の責任者で、この「頭」「麹師」「もと師」を総称して役人、又は三役と呼びます。
また、昭和四十八年から実施されている醸造師の国家試験制度によって一級免許を得れば、杜氏としての法的な資格は十分となりましたが、酒造会社や杜氏仲間からは免許があるだけでは「杜氏」として認めてもらえないんだそうです。
蔵人と酒造家からの信頼と、何より「うまい酒」を造る技術、そして、長年の経験からなる”感”を兼ね備えてこそ、本物の「杜氏」として迎えられるわけです。

そこで山内杜氏組合では毎年夏に、独自に研究会、杜氏試験を行うなどして技術向上を図り、伝統を守りながら酒造りに励んでいるそうです。 そのため、秋田県内の杜氏は、秋田県内はもちろん京都、伏見、静岡、東京、栃木、山形、福島などの酒造会社から高い技術を買われて引っ張りだこなんだそうです。

高い技術を誇る「山内杜氏」。
みなさんが普段飲んでいるお酒も、実は彼らが造ったお酒かもしれませんね・・・・。(^^;;;

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